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東京高等裁判所 昭和47年(う)1322号 判決 1972年9月25日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

<前略>

同第一点について。

所論は、原判決は、本件無免許運転の罪と酒気帯び運転の罪および業務上過失傷害の罪を併合罪としているけれども、右の三罪は観念的競合として処断すべきであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあると主張する。

しかし、刑法第五四条第一項前段の「一個ノ行為」であるかどうかを決定するについては、それが所論のように、社会的自然的に観察して一個の運転行為であるというだけでは足りず、各構成要件の性格、目的ないし存在理由、沿革および相互の関係といつた構成要件的評価を加えて決定すべきである。本件についてこれをみるに、原判決が認定するところによれば、被告人は原判示の日時場所において、無免許で酒気を帯びて普通貨物自動車を運転中、前車との間に安全な車間距離を保つて進行すべき業務上の注意義務を怠つた過失により、信号に従つて停止した同車に追突させてその運転者等に原判示の各傷害を負わせたものであつて、運転中に惹き起した過失傷害であつても、その過失行為は違法な運転行為それ自体とは構成要件的には自ら別個の行為であるということができる。次に、道路交通法は自動車の運転に際し遵守すべき多数の事項を定め、その違反をそれぞれ各別に処罰することとしている。運転者がこれらの事項に違反したときは、その相互の間に特段の目的、性格の近似性が認められない以上、同時に数個の違反を併わせ犯したものとして、併合罪となると解すべきである。無免許運転と酒気帯び運転との関係についても、両者は道路交通法上自動車の運転に際し遵守すべき事項として定められた目的性格を異にしていて、前者は、一定の資格を有する者にのみ自動車の運転を許可することとしているのに違反し、後者は、右の資格の有無を問わず一定限度以上の酒気を帯びて自動車を運転することを禁止していることに対する違反であつて、被告人は、これに二重に違反したものであり、二つの違反を併わせ行つたものといわなければならない。両者が同一の自動車運転行為であるということは、たまたま二個の違反行為が同時に行われたというだけで、構成要件的評価からはこれを一個の行為であるとみるのは相当でない。したがつて、原判示第一、第二、第三の各所為を併合罪として処断した原判決は正当である。論旨は理由がない。

同第三点について。

所論は、原判決の被告人に対する量刑は重きに失すると主張するが、本件各犯罪の性質、態様殊に被告人の運転経験や技倆、飲酒運転するに至つた経緯や飲酒量、過失の内容に照らせば、時節柄被告人の責任は軽視することができず、所論の指摘するような、傷害の程度は比較的軽微であつて示談が成立していること、被告人には何らの前科前歴もないこと、現在では充分反省していること、その他家庭の状況等被告人にとり量刑上有利な諸事情を斟酌しても、原判決程度の量刑はやむを得ないところであつて、原審が被告人を懲役五月(求刑は六月)の実刑に処したことをもつて量刑が重きに失するとまでは考えられない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(龍岡資久 宮脇辰雄 桑田連平)

《参照》 原判決の主文ならびに理由

主文

被告人を懲役五月に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、公安委員会の運転免許を受けないで、昭和四六年八月一五日午後八時五〇分ころ、鎌倉市雪ノ下一丁目八番三三号先道路において、普通貨物自動車を運転し

第二、前記日時場所において酒気を帯び呼気一リットルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で前記車両を運転し

第三、自動車運転の業務に従事しているものであるが、前記日時場所において、前記車両を運転し、滑川交差点方面から鶴岡八幡宮方面に向かい時速約四〇キロメートルで梅沢守(当三三年)運転の普通乗用自動車に追従するにあたり、同車の動静を注視し同車の急停止又は方向転換に応じた措置がとれるよう安全な車間距離を保つて進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、約一〇メートルの車間距離を保つただけで進行した過失により、信号待ちのため停止していた前車に続いて停止した同車に自車の前部を追突させ、よつて同車の同乗者高橋ヨネ(当時四九年)に対し加療約九日間を要する頸部挫傷等の傷害を、同高橋正江(当時二三年)に対し加療約九日間を要する頸部挫傷の傷害を、それぞれ負わせたものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号、罰金等臨時措置法第二条に、判示第二の所為は道路交通法第六五条第一項、第一一九条第一項第七号の二、同法施行令第四四条の三、罰金等臨時措置法第二条に、判示第三の各所為は刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第二条、第三条にそれぞれ該当するところ、判示第三の所為は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により犯情の重いと認められる高橋ヨネに対する業務上過失傷害罪の刑に従い、以上各所為については所定刑中いずれも懲役刑を選択し、なお、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により最も重い右業務上過失傷害罪の刑に同法第四七条但書の制限に従つて法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役五月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用してその全部を被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(青山隆通)

青山隆通

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